前回の記事で虐待についての現状を、「児相への相談件数は過去最大数、しかし虐待死はかなりの減少」とお伝えしました。
記事はこちら→児相への相談数増も虐待死は減少。日本の“子ども虐待”の実態とは。
今回はその補足で、親が子を虐待する原因となっているものは何かについて調べていきたいと思います。
世代間連鎖の可能性
そもそも親が子どもを虐待する根本にあるものって何なんでしょう。
【世代間連鎖】という言葉はご存知でしょうか。
加害者である親も幼少期に自分の親などから暴力を受けており、その経験が自分の子どもへの虐待という形で連鎖することをそのように呼びます。
親になると、意識はしていなくても親が自分にしてくれたこと、幼少期の経験などを軸に子育てを進めていくことが多く、虐待を受けていた人は虐待を受けていない人よりも子供に虐待を行う可能性は高いと指摘されています。
ここで注意してほしいのは、「虐待を受けていない人よりも可能性は高い」というだけで連鎖するかどうかは確実ではないということです。
辛い思いをしたからこそ「子供は大切に育てたい」と思う方も少なくありません。
事実、幼少期に虐待を受けていたとしても「自分は子供を絶対に虐待しない」と胸に刻み、連鎖させずに子育てに専念していらっしゃる方も多くいらっしゃいます。
メディアでも叫ばれる「世代間連鎖」ですが、本当にそこまで影響しているのでしょうか。
見解にも差
日本こども支援協会のHP(虐待はなぜ連鎖するのか?)を見てみると、
日本だけに限らず、貧困や暴力はどこの先進国でも同じように
3世代遡っても同じような環境にあり、その環境を相続しているのです。どの国でも、虐待を受けた子どもが虐待をする親になる確率は、ほぼ7割です。
と記載されています。
しかし、全国児童相談所長会の過去の調査では、虐待を受けた親が子供にも虐待をしてしまう率は23%程度とのこと。
一方でNPO法人虐待問題研究所(虐待問題研究所)の代表である上原よう子さんは
自分が酷い目に遭って育ったので、逆に子どもにはそんな思いはさせたくないと、幸せな家庭を築いている人の方が圧倒的に多いです。
確かに、虐待事案に関わらず、大事件を犯す人に虐待を受けて育った人が多いと言うデータがありますが、それを根拠に、『虐待は連鎖する』とは言えませんし間違いです。
とおっしゃっています。
サンプル数が少ないため、結果に疑問はあるのですが、このような調査結果も出ています。→加害の親ら7割、子供時代に虐待被害の経験 理研調査
世代間連鎖が7割も起こっている、ということに私は疑問を持っているのですが、あなたの見解はどうでしょうか。
医学的根拠は?
結論からお伝えすると、虐待の連鎖は医学的には立証されてはいません。
虐待を受けた子供は将来的に「愛着障害」を引き起こしやすい、虐待を受けなかった人に比べてうつ病になるリスクが高い、発達障害児や知的障害児は健常児と比べて虐待を受けやすいなど、“そのような傾向が出やすい”ということはわかっているものの、虐待が連鎖していくという証拠には至っていないようです。
愛着障害とは??
幼い頃に受けた心の傷が原因で、人を信用することや甘えることが難しい状態を指します。
【症状は??】
・人間不信であるため人に優しくされても素直に受け取れない
・人の目を気にしすぎる
・人との関わりを避けたがる
・寂しさから人にベッタリと依存しやすい
※環境や個人の性格(資質)によって起こりやすさの差があるので、必ずしもこれらの症状が出るとは限りません。愛着障害は親の接し方次第でかなり改善されることがわかっています。
虐待全体での世代間連鎖率は実は低い!?
東京都福祉保健局では虐待に関する実態調査を行っており、中でも2003年度に都の児童相談書が受理した全ケースについて分析した報告がとても興味深いです。
その報告によると、虐待の加害者(親)の育ちを調査したところ、
・両親不和…5.8%
・ひとり親家庭…9.3%
という結果が出たそうで…。
虐待を経験した親がさらにその子供を虐待しているという率、10%に届いていません。
虐待事件が100件あったとしたら世代間連鎖は10件もない。
確かに世代間連鎖をしてしまうパターンもありますが、それは限られたごく一部の話で、もしかしたら世間が思うほどに連鎖はしていないのでは?と思わせる結果になりました。
虐待の背景にあるもの
世代間連鎖が虐待全体の1割弱しか占めていないとするならば、残りの9割超は何が原因となっているのか気になりますよね。
パートナーとの不仲?
育児疲れ??
周囲からの孤立???
など様々な要因が考えられますが、
虐待の最も大きな原因と考えられているのが
「経済的困窮」
です。
経済力と虐待
経済的困窮と虐待にはどのような関わりがあるのでしょうか。
児童虐待に関わる公的な調査で、家庭の経済的背景に踏み込んでいる資料があります。
それが、全国児童相談所長会「全国児童相談所における家庭支援への取り組み状況調査」(2009)です。
この調査によると、虐待に繋がるおそれのある環境として
・経済的な困難…33.6%
・不安定な就労…16.2%
と、経済的な問題が上位を独占しています。
経済的困窮と虐待が顕著に表れた実際の出来事をご紹介しましょう。
虐待を受けたのち子供が死亡したケースを調べてみたところ、
・生活保護世帯
・市町村民税非課税世帯
・市町村民税非課税世帯(所得割)
のいずれかに当てはまる家庭の子供に虐待死が集中しているそうです。
わかりやすいように生活保護世帯・市町村民税非課税世帯・市町村民税非課税世帯(所得割)を合算してみてみると、虐待死した子供達のうちの大半はこれらの家庭で生まれ育った子であり、その割合は2005年度は66.7%、2006年度は84.2%ととんでもなく高い率になっています。
これらの層にこれだけ集中しているとは…。
非正規雇用職員の実態
総務省総務省統計局が2020年2月に発表した「労働力調査(詳細集計)2019年(令和元年)平均(速報)」によると、2019年平均の雇用者数は5,660万人(役員は除外)。
そのうち正規の職員・従業員数は3,494万人で、前年から18万人増加しており、非正規の職員・従業員数は2,165万人で、こちらは前年から45万人の増加となりました。
非正規雇用で働いている人は65歳以上が増加傾向ですが、子育て真っ只中の世代(25~54歳)も全体の48.8%を占めています。
なぜ非正規職員になったかを調べると「自分の都合のいい日時に合わせて働きたいから」という理由がトップ。一方で「正社員としての働き口がないから」という理由で仕方なく非正規に就いたという方も少なくありません。
正社員と非正規雇用の所得差を見ると、正社員が月平均で35万円ほど稼いでいるのに対し非正規雇用の平均は23万5千円ほど。
正社員の給与の7割弱しか稼げていないのが現状です。
親世代とのギャップ
この記事の始めの方で、親になると意識はしていなくても親が自分にしてくれたこと、幼少期の経験などを軸に子育てを進めていくことが多いとお伝えしましたが、その「親にしてもらったこと」ができない人が増えているのも虐待の一因ではないかと考えられています。
現在子育て真っ只中なのは、就職氷河期世代やリーマンショック世代であり、大学新卒でも就職をすることがなかなか難しかった世代です。
これらの世代の親(団塊世代あたり)は、就職も引く手数多だったり、バブルを経験していたり、年功序列制度が当たり前だったりで今とは全く状況が違っています。
親の年収を超えられない子世代は増加しており、「お金がないから結婚できない」と早々に結婚を諦める若者が増えているという異常事態。
今まで当たり前とされていた、生活費は大黒柱である夫ががっちり稼いでくる、住宅や車を購入する、子供を2~3人育てるなど、自分達が幼少期に見てきた常識が叶えられないのが常識となりつつある悲しい時代と言えるのかもしれません。
安定した収入、十分な収入が得られないことが劣等感やストレス、不安といったネガティブ要素を引き出し、子供への虐待として表れてしまうケースが多いようです。
おわりに
虐待が起こる要因として、世代間連鎖が大きいと今まで言われてきましたが、必ずしもそうではないことをおわかりいただけたでしょうか。
虐待を受けて育ったとしても虐待せずに子育てをされている方は本当に多いですし、逆に虐待をされずに育ってきたにもかかわらず環境的要因から虐待をしてしまう人も多くいます。
親に虐待を受けていた人は、世間からの「虐待は世代間連鎖する」という声にとても敏感で、「結婚するのが怖い」「子供を持つのが怖い」と、自身も我が子に虐待をしてしまうんじゃないかという恐怖にとらわれている人が少なくありません。
そのような世間の声が少しでも温かく、被害者に寄り添える言葉になるならば、あるいはこのような不安に苦しむ人たちを少しでも救うことができるのかもしれません。
コロナの影響で非正規雇用の失業率が増加しており、不安を抱えている家庭が増えています。
経済力が厳しい状態に陥ってしまったとしても、子供を虐待することでそれが解決するわけでは決してありません。
何も解決しないどころか、子供の心を傷つける上、自身の心も家族の心も傷つけるというマイナスの要素しかないのです。
厳しい状況の時こそ、家族との団結は不可欠です。
虐待に苦しむ親子が少しでも少なくなりますように。
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