子どもにとって有効な時間の使い方とは?習い事は子どもの興味があることが大前提。

教育

子どもの習い事、たくさんやらせているだけで満足してしまっていませんか?

やらせすぎは子どものためどころか子どもの弊害になってしまうこともあり、判断が難しいところ。

今回は前回に引き続き、子どもと習い事について考えていこうと思います。

前回の記事はこちら→習い事の無理強いはNG!!子どもの「辞めたい」をスルーしないで。

子どもだって1日24H

当たり前のことなのですが、だれしも1日24時間を積み重ねて生きています。

それは子どもも同じこと。

寝ている時間、幼稚園や学校に行っている時間、ごはんやお風呂の時間を全て除いて残る時間は24Hのうちのたった数時間程度。

その数時間をどのように使うのがいいのでしょうか。

できるなら有意義に、価値ある時間を過ごさせてあげたいですよね。

その一つの方法が“習い事”ですが、子どもにとって「価値ある時間」というのは興味を持って楽しく過ごせる時間です。

興味がないのに英会話教室やピアノ教室に行っていても成果は期待できません。

子どもが習い事に興味や楽しさを感じられていないとすれば、それは親のために消費せざるを得ない時間(子どもにとっては無駄な時間)であり、親が子どもの大切な時間を奪ってしまっていることとほぼイコールだと思うのです。

子どもの時間=親の時間ではありません。

子どもが楽しく通えていないのであれば、思い切ってお休みする、一旦辞めて様子を見る、というのも必要な時間なのではないかと私は思います。

同調圧力に屈してはいけない

日本人は、人の真似をすることで仲間意識が強く芽生え、安心感に繋がるという同調意識の強い民族です。

みんながしているからやる、という思考が元々強いので、周りのしていることが気になり、足並みそろえる傾向が。

習い事もその傾向があり、「最低でもスイミングと英語だけはやらせなきゃ」というような、一種の強迫観念にも似た思い込みが親側に強くあると感じています。

「みんなやっているからうちの子だけ遅れをとるわけにはいかない…!」と息巻く親御さんも多いのですが、大切なのは本人の気持ちです。

たとえ幼い子どもであったとしてもやりたい、やりたくないの意思表示はできます。

「最後までやり抜かないとなんでもすぐ諦める子になってしまう」という理由から無理矢理続けさせようとする親は案外多いのですが、それはちょっと違います。

最後までやり抜かせるとしたら、それは『本人の意思で決めたことについて』です。

本人の意思で決めたことであれば、最後までやらせたほうが本人のためになると考えるのも頷けますが、親が決めたことを辞めさせないというのは子どもの意思を無視した単なる親の自己満足です。

「みんなちゃんとやっているのにうちの子だけ…」という親の焦りは子どもにとっては弊害です。

子ども本人が楽しく過ごせる時間こそ、価値の高い時間と言えるのではないでしょうか。

習い事全部やめました

我が家は昨年の春に転勤が決まり、習い事を全て辞めて今の土地に移り住みました。そのころは緊急事態宣言真っ只中で、学校も幼稚園もいけない日々。

新たな土地での習い事もどうしたらいいのかと考えましたが、子供達と話し合った結果、1年経った今も何もやっていない状態です。

引っ越し前までは週に4日習い事を入れており、当時小3と小1だった娘はかなりハードな日々を送っていました。

ピアノ、スイミング(週2日)、トランポリンが平日に入ってくるため、平日の休みは1日だけ。

子どもも大変でしたが送迎する私も大変。

子どものため、と思ってやっていましたが、今思えば私の自己満足のために子供達にハードな日々を送らせていたような気がしています。

子どもの時間を自分がたくさん奪ってしまったという負い目のような気持ちもあり、今は子供達が思うように自由な日々を送らせています。

何かを習いたいと言い出した時にはもちろんやらせますが、そうでない限りはやらせるつもりも今のところありません。

自由になって変わったこと

家で過ごす時間が増えたため、宿題を一緒にやったあとに姉弟3人でよく遊ぶようになりました。

テレビゲームをしたりシルバニアで遊んだり、その他いろいろなおもちゃを組み合わせて遊んだり、喧嘩と仲直りを繰り返しながら毎日楽しそうに過ごしています。

ゲームやテレビの時間が増えたのですが、それはそれでいいと思っています。

このくらいの時期しかやりたいことだけやれる時期ってないような気がしているので、とことんやったらいいと…。

もちろん宿題やお手伝いなど、やることをきちんとやった上で、ですけどね。

お手伝いの時間も格段に増えました。

お米とぎ~炊飯、お風呂洗い、洗濯畳み、ランチマットのアイロンがけ等、今まで私がやっていたことを少しずつ子供達に振り分け、それを日々の日課にしています。

おかげで私もとても助かるし、子供達も家族として協力することはするというスタンスになりつつあります。

今まで一方的に習い事をさせ、どちらかというと“受け身”での生活だった子供達が、積極性を持ってきたことは大きな変化だと思います。

自分で考え、自分で行動する。

それこそが生きた教育。

忙しさから離れて見えたことは私にとっては大きな収穫でした。

おわりに

「●歳で平仮名の読み書きできます!」「●歳で世界の国旗がわかります!」とメディアに出ている親子をたまに見かけますが、うまいこと子どもの興味に向き合っているな…と思います。

子どもの伸びの陰には、親の努力が少なからずあるからです。

子どもがいつ、何に興味を持つかはわかりません。

それが専門的に習わせたほうがいいことなのか、家でまかなえることなのかを親は随時見極めていく必要があります。

子どもが興味を持つことに共感し、協力する。

それこそが子どもの能力を伸ばす、大きな力ではないかと考えています。

 

有意義な時間を過ごせるお子さんが一人でも増えることを願っています。

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