【ここがポイント】子供の気持ちを尊重できる親になるには○○と○○の違いを知ることが大切!

育児

子供の学校での出来事、子供が感じたあらゆる感情など、親はアドバイスと称して口出しをしたくなってしまうことが多々ありますが、それが本当に子供のためになっているかどうかと考えたことはありますか?

我が子が何かを訴えてきたときほど、共感を意識しながら子供に接することが大切です。

子供の心にどう向き合うかが勝負

学校から帰宅したお子さんが「今日学校で○○さんがすごく意地悪なことを言ってきて嫌だった」と打ち明けてきたとしたら、あなたならどう反応するでしょうか。

では逆に「今日学校で○○さんがすごく褒めてくれて嬉しかった」と言ってきたら?

親も単純な生き物なので、自分の子供がよその子供に傷つけられるようなことをされたら腹が立つし、嬉しいことをされたら好意を持ちます。

しかし子供からのその情報だけで「その子、嫌な子だね」「いい子だね」と反応してしまうのは親の行為としてはちょっと短絡すぎ。

それはその話を聞いた私達親の“感想”であり、子供の心に寄り添っているとは到底言えません。

ではどうしたらいいのでしょうか。

親の“共感”こそが子供の求める安心基地

今の例からわかる子供の気持ちは、「嫌だった」という気持ちと「嬉しかった」という気持ちだけです。

ここに焦点を当てて「そっか、嫌な思いをしたんだね」「嬉しい気持ちになったんだね」と一緒に受け止めてあげることで、子供は「自分の思いが親に通じている」という安心感を持ち、親への愛着や信頼度が増していきます。

相手(子供)が感じている気持ちを実感すること、一緒に感じてあげること。これが共感です。

わからないことには口を出さないのが鉄則

とはいうものの、つい余計なことを言ってしまうことも親ならば誰でも経験することなのかもしれません。

「意地悪なことを言われて嫌な思いをした」という子供の気持ちに「嫌なことを言われてその子のことが嫌いになっちゃったんだね」と親が反応した場合、これは共感ではなく同情になります。

確かにしばらくはその子に対して嫌な思いを本人も持っているかもしれませんが、嫌だったのは「言われた言葉」であって「言ってきた友達」を嫌いかどうかまでは実際にはわかりません。

嬉しかった場合も同じです。「褒めてくれたのが嬉しかった」のは事実で「その子のことを大好きになった」かどうかまではわかりません。

同情は意味合いとしては共感に似ています。

しかし決定的に違いがあります。

共感は同じ立場で同じ感情を共有すること。

同情は相手の立場になりつつも聞き手側の関心事が中心になりやすいということ。つまり、良くも悪くも聞き手の主観が入りやすいということです。

子供は幼ければ幼いほど親の発する言葉の影響を受けやすい傾向にあります。

子供なりに色々思っているところに親の感情が入ってくると、自分の気持ちよりも親の意見を優先してしまうこともあります。

そうやって子供の心の道筋をつけてしまうことは実はとても危険なことでもあり、気付かないうちに子供の心を支配しかねません。

「実際に起こっていること」のみに着目しまずは共感してあげること。その次にどうしたいのか、どうすることがいいと思うかを本人に尋ねてみる、もしくは解決策を一緒に考えてあげる。

大切なのは子供の気持ちですから、親はその気持ちを潰さずに大切にしてあげる必要があります。

ここがうまくいけばあなたも立派な「聞き上手な親」です。

行き過ぎた同情は子供を追い込む

今年10月。

下校中の小4の男の子を何発も殴り、54歳の男が逮捕されたというニュースが報道されました。

驚くことにこの男、被害者の同級生の父親だったのです。

事件の詳細はこちら→「小4男児10発殴打で逮捕」54歳父親はなぜ娘の同級生を“土下座”させたのか?《千葉・我孫子》

ではなぜそんなことになったのか。

その日学校から帰宅した加害者の娘が「A(同級生の男児)に傘で顔を叩かれた」と父親に報告すると父親は憤慨。

娘と共に家を飛び出し、まだ下校途中だったAを捕まえ、怒鳴る・殴る・蹴る・土下座というとんでもない行動を起こしました。

(警察の取り調べに対しAは、傘を当てたのは故意ではなかったと説明)

果たして加害者の娘さんは、その同級生にここまでの仕返しを望んでいたのでしょうか?

感情に振り回される親は子供の信頼を損なう可能性大

この件は、親が介入したことで子供の生きている世界を最悪なものにした典型的な例だと私は思っています。

傘を振り回していたAにももちろん落ち度はありますが、親が事を大きくしすぎたため円満解決は絶対にできない事態になってしまいました。

それどころか、娘さんとAとの関係が崩れるだけでなく他のお友達やご近所との関係にも嫌でも影響が出ることでしょう。

もしかすると「あの子と関わると親に何されるかわからないから」と敬遠される存在になってしまったかもしれません。

父親が事件を起こしたことでこの地域に住めなくなり、誰も知らない街へと引っ越しを余儀なくされたかも…。

これはあくまで憶測ですが、自分のせいで父親が逮捕されたのでは…ともし娘さんが思っていたとするならば、相当なショックを受け自分を責めているはずです。

今回のことがトラウマになり、今後また何かがあったとしても親に報告するのを躊躇するようになってしまうかもしれません。

親の過去の行動・言動がきっかけで子供が言いたいことを言えなくなったのであれば、それは親に対する信頼がないからです。

子供を守るためとは言え、子供の世界の中心は子供です。

共感と冷静さを失い、己の感情だけで突っ走る親は結局子供からの信頼を失い、足を引っ張るだけの残念な親になってしまいます。

子供から信頼されるために

命の危険が迫っているときなどの緊急時以外の場合は、まずは子供に共感しましょう。次に本人の今後の意向を聴取。その後初めて「私(パパ・ママ)はこうしたらいいと思うんだけどどう思う?」とこちらの意見を伝えます。あとは本人の判断を尊重。

子供の意見を尊重するって、言うは簡単ですが実際はなかなか難しいです。

黙って見守るのも難しいし…。

でもそこは親の正念場。

大人は経験が豊富なため解決のための近道に子供を引っ張っていこうとしがちです。

でも本当に子供のことを思うと、失敗や挫折や遠回りなどを体験させるのもとっても大切なこと。一見無駄に思える行為だとしても、その経験は次に生かされ決して無駄にはなりません。

もうおわかりだと思うのですが、子供から信頼される親になるには親が子供のことを信用することです。

失敗しても受け入れて共感してあげる。

上手くいったら一緒に喜んであげる。

その繰り返しが強固な絆を紡いでいくのだと思います。

おわりに

日々の子供とのやり取りの中で、忙しさを言い訳にあまり共感してあげてないんじゃないかな…とふと思えてきました。

いいね、良かったね、すごいね、などの言葉ばかりで「それはすごくうれしいね」「苦しかったのに頑張ったんだね」など具体的な言葉を子供にかけている頻度が私は非常に少ないのでは…と少し焦っています。

「子供は自分の分身ではなく一人の意志ある人間だ」と頭でわかりつつも、子供にかける言葉は早くしなさい、○○しなさい、などの命令ばかり…。

これからは共感を意識して子供に接していこうと反省しました。

共感をいっぱいしてもらえた子供は割と幼いうちから他者に対して思いやりの気持ちを持ち、慰めの言葉をかけたり身体を撫でてあげるなどの行動を自然にするとのことです。

す、素晴らしい…。

最初から完璧には無理ですが、できる限りの努力はしていこうと思っています。

お互いに子育て頑張っていきましょうね☆

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