ナイツと内海桂子師匠の強い絆。出会いは?きっかけは??

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今朝、衝撃的なニュースが目に入りました。

「内海桂子さん死去」______。

内海桂子さんと言えば、お笑いコンビ「ナイツ」の漫才ネタでも度々登場する彼らの“師匠”。

ナイツのネタから内海桂子さんを知ったという方も多いのではないでしょうか。

ナイツと内海桂子さんはどのように出会ったのでしょうか。

どこの事務所に入るか迷ったときに…

ナイツが芸人になり、どこの事務所に身を置くか考えた時に、「浅井企画かマセキ芸能社がいいんじゃないか」とはなわ(塙の兄)に助言を受けたそうです。

はなわ自身はケイダッシュに所属していたため、同じ事務所を勧めてくるかと思いきや…。

理由は「ケイダッシュは役者が多く、ナイツには花がないから(ここの事務所じゃないほうがいい)」と思ったそうです。

塙が相方の土屋に兄から受けたアドバイスを報告すると「うちの母ちゃん、マセキ芸能社に所属して歌手やってたよ」と衝撃の告白が…。

「なんでそういうこと早く言わないんだよ!」と塙からかなりのツッコミが来たらしい…。そりゃそうだよね(笑)。

土屋のお母さんを通じてマセキ芸能社に連絡したところ「ぜひ来なさい」とマセキの会長からお返事があり、ネタを見せに行ったらなんと出てきたのが会長ご本人。

自分が面倒を見ていた演歌歌手(土屋の母)の息子が自分の事務所に来たということで、会長本人が「ナイツを絶対に売れさせる!」と気合十分だったそう。

他の芸人は「ウッチャンナンチャングループ」に所属していたにもかかわらず、ナイツはなぜか「内海桂子グループ」に振り分けられ、しかも漫才協会から売り出すと会長が明言。

「漫才協会から…」

当時20代半ばだった彼らは、「他の芸人と同じように売り出してほしかった。このプランが当初はとても嫌だった」と語っています。

師弟関係を作るのが前提だった

今は漫才協会には誰でも入れるようになったそうですが、当時は師弟関係がないと入れず、ナイツはそれがとても嫌だったそうです。

とは言え誰かの下につかなければならない。

そこで内海桂子さんの弟子になろうと決意して、内海さんにご挨拶に行ったそう。

内海さんは当時80歳くらいだったそうで、実際には兄弟子に当たるコンビの方に色々な指導を受けたそうですが、内海さんとナイツの二人三脚はここから始まったそうです。

 

ナイツのネタ内で度々登場していた内海桂子さん。

おもしろおかしく、でも愛情のこもった師匠いじりはとても好感が持てますよね。

内海桂子さんは旅立ってしまいましたが、今後もナイツのネタで内海桂子さんにお会いしたいな、と願わずにはいられません。

内海桂子さんのご冥福をお祈り致します。

 

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